【レーシック#5】レーシックをしてそろそろ1年 本気でいいと思った事例をシェア

徒然

  • 裸眼に戻れるなら、それ以上のことはない
  • でも手術は怖い
  • 実際、やってみた感想はどうなの?

こんな疑問に、私と妻の実体験を含めて回答していきたいと思います。

本日の記事

  1. レーシックをして本気でいいと思った事例#1 海水浴
  2. レーシックをして本気でいいと思った事例#2 子供の寝かしつけ
  3. レーシックをして本気でいいと思った事例#1 防災

この記事からわかること

レーシックをして裸眼生活に戻ることの良さが分かります。

多くの人は裸眼生活の経験があるので、その良さを想像はできると思います。

でも、実際にやってみて1年。本当に効果を感じた瞬間を、経験者目線で説明しようと思います。

怖いもの知らずの私が説明しても意味がないので、あえて妻の言葉を借りて書いていきます。

この記事を書いているなぎささんの妻は

レーシックの手術後、「怖くて、痛くて、出産以上だった」と半泣きで家に帰ってきました。(過去記事

一ヶ月後検診では、思わ逆効果も出てしまし。。。(過去記事

レーシックを勧めた私としては誤り続ける日々。

しかし、そんな妻からふと自主的に「よかったね」の発言が出てきたので、その言葉を抜き出してまとめてみました。

激しい「被害者意識」の中から出てきた「賛成意見」なので、貴重に受け止めています。

本題に入る前に宣伝をします。

日本でレーシックといえば、品川近視クリニックの1択のみです。

他の病院がありません。し、今後現れたとしても実績数で比べ物になりません。

さて、本題です。

1.レーシックをして本気でいいと思った事例#1 海水浴

海水浴=なぎささん家にとっての大切な年中行事と読み替えてください。

✔︎大切な年中行事がより楽しくなる

海水浴をするなら裸眼がいいに決まっています。

  • 水中がよく見える。魚や海底。これが見えてなんぼの海水浴。
  • 海岸がよく見える。沖まで泳いでも、家族や荷物をはっきりと見える。
  • 説明不要で、見えると気持ちいい。

裸眼がいいのは当たり前です。

でももっと踏み込むと、大切なことをもっと楽しめるということを強調したいです。

私個人の話をすると、私は古式泳法の師範で、大分県無形文化財の継承者です。(過去記事

地元の海で泳げなくても、せめて年に数回は海に行って自主練をしないと罪悪感が残ります。娘にもこの伝統芸を残したいですし、何より、家族そろって海を楽しみたいです。家族を海好きにするというのは、ある種、私にとっての宿命です。メガネに邪魔されてなんかいられません。人として、男として、大切な時に「楽しい」を演出できないと、生きていないようなものです。

ここでは私の事例で「海水浴」としましたが、誰にだって楽しさを伝えたい「大切なもの」があるはずです。この本気を伝えるにはまずは裸眼からです。

✔︎メガネをしていた頃がおかしく思える

とはいえ、メガネで頑張っていた歴史があるのも事実です。

今日、2年ぶりに家族で海に行きましたが、道中、過去の写真を見て笑ってしまいました。

自分では似合っていると思っていたメガネでも、今の目線で見るとギャグです。

「目の上に何か乗っている・・・(違和感)」

極端な例を出すと「頭の上にきゅうりが乗っている笑」みたいな話です。

こんな写真をあたかも「日常」として生きていた自分がいるかと思うと、ギャグです。ギャグ。その時は似合っていると思っていましたし、こだわりもありました。誰にとっても、メガネはオーダーメイド品で、満足がいくように作られています。でも、裸眼から見れば、それは似合わない自分です。

2.レーシックをして本気でいいと思った事例#2 子供の寝かしつけ

子供=自分を寝落ちさせる何かと読み替えてください。ペットでも、趣味でも、ゲームでも同じ状況になりえます。

✔︎寝落ちしてもコンタクトを気にしない

寝るか寝ないかの瀬戸際でコンタクトやメガネが邪魔になることはないですか?

疲れて子供や趣味を片手に横になると、睡魔とのバトルです。この黄金時間にコンタクトやメガネの邪魔は困り物です。ちょっと横になり、5分後にちゃんと起きる。。。こんな甘い約束を何度やぶり、何度コンタクトやメガネに傷をつけたことか。

裸眼ならこんな心配いりません。一緒に楽しく寝落ちしましょう。

子供に限らず、ペットやゲームや本など、なんでも、

大切なものと一緒に寝落ちできるのは本当に幸せです。

✔︎メガネが壊されない

ここに関しては子供限定かもですが、子供にメガネを壊されると本当にパニクります。

  • まず見えない。
  • 破損状況がわからない。
  • 破片で怪我しているかもしれない。
  • そして、とにかく見えない。

自分でなくとも、そんなストレスや不安を背負った人が隣にいると、ストレスは伝播します。

ぶっちゃけ、私がレーシックを思い立ったのはこれが理由です。(過去記事

3.レーシックをして本気でいいと思った事例#1 防災

防災は時代のキーワードです。

✔︎過去の自分が怖くありえない

メガネ頼りだった自分。コンタクト頼りだった妻。

そのどちらを思い出しても、見えない自分がありえないです。

防災上、あり得ないです。怖すぎです。

先日妻の妹と久しぶりに話をしましたが、深夜に隣の家の火事で強制避難をしたことがあったそうです。自然災害の話を含めれば、誰でも明日は我が身です。そんな時に、矯正視力に頼っていたのではまずいです。健常者という意識があったとしても、見えていない人は「想定被害者」です。メガネもコンタクトも、オーダーメイド品です。運よく避難できたとしても、避難所で代替えはありません。

ホリエモンが刑務所に入る前にレーシックと脱毛をしたと書いていましたが、少なくともレーシックは、誰でもすべき平時の備えです。

✔︎防災を思うなら備蓄や保険より視力

自然災害が起こると絶対TVでは備蓄の話で盛り上がります。

否定はしませんが、防災士の資格を持つものとしてはっきり言います。

自然災害で餓死した人は日本にはいません。

逃げ遅れて死んだ人と、逃げた後で不自由をしている人がいるだけです。

これが災害の本質です。

見えないことが直接的な死因ではないですが、少なくとも備蓄や保険より、ちゃんと見える裸眼を持つことの方が立派な備えです。